「半径500mの風景を写真に撮る」と聞いたとき、とっさに「それは非常に面白いのではないか」と感じた。ある地点を決め、そこから半径500m以内にあるモノ、事、人などを撮るのだという。やってみますと手を上げたはいいものの、ではどこを起点にして、何をどうやって撮るのかと考えると意外と難しい。
とりわけ難しかったのは起点選びである。どこを起点とするかはその人物の世界観、人生観のようなものが出る。ある意味、センスのようなものを試されている気もしている。
さて、どこにしよう。いろいろな場所が思い浮かぶ。毎日通っている新宿は、駅上にあった百貨店の巨大ビルを取り壊し、現在建て替えの真っ最中だ。創造の前段階としての破壊の日々を撮っても面白いと思うけど、それなら元の状態から撮り始めないと、破壊ばかりの画像でもすさむばかりだしと、却下になった。
ではここ数年飲む界隈として通っている新橋はどうだろうかと思ったけど、飲み屋さんの風景ならメディアでもたくさんあるのでこれも却下。職場の近くでもいいけど、閑静なのでカメラ構えて歩くと非常に目立つのでこれもなしになる。
それなら旅行先は? と探してみると最近だと京都や諏訪で、どちらもそれなりに美しく素敵な街で画像もたくさん残したが、旅行者としての滞在でしかないのでどうしても「写真だけのためにそこにいる目線」ではない。それも違う気がして見送る。
最後に残った候補が、池袋である。私はここで生まれ育った。もう実家を離れてからの年月の方が長くなってしまったが、自分を形作った街である。人は最後にはふるさとに帰りたくなると言うが、そんな帰巣本能が私の中にもしっかりと根付いているらしい。その本能に従ってみたくなった。
たぶん池袋と聞けば繁華で、少々後ろ暗い印象の方が先に来ると思われるが、私が過ごした池袋はそうではない。ちょっとだけ雑踏が多めにあるだけで、あとは普通の日常でしかなかった。毎日学校に行って帰って、習いごとに行って、友達と遊んで、おつかいに行って。そんな日常しか浮かんでこない。今までの自分の境遇は特段語るものもないありふれたものだと思っていたけど、自分を形作った景色たちを改めて眺めると、私は池袋の街に、家族に、ちゃんと守られていたのだ。ここで過ごした幸せな日々が、私の原点だ。
今回のグループ展では、そのおもかげを探すことにした。義理の妹がモデルを引き受けてくれたため、彼女を撮りながらゆっくりと池袋を歩くこととなった。この道にはこんな思い出がある、あの建物はもうないんだ、そんな感傷に浸りながら、今の自分の目の前にある池袋をチョイスする。もしお時間がおありの方は、もう1つの拙文『いもうと』も併せてお読みいただければ嬉しく思う。今日という日の短いひとときに、私自身が触れた池袋を、ほんの少しですがご覧いただける出会いに感謝しつつ、この紹介文の締めくくりとしたい。
2024年 盛夏の候
河瀬佳代子
グループ展「半径500m Vol.3」ページはこちら。
●場所:Photo Bar 【sa-yo:】 神奈川県横浜市中区吉田町3−11 サウンド吉田町ビル2階
●会期:2024年8月7日(水)〜8月11日(日)
●営業時間:水曜日〜土曜日16:30〜22:00、日曜日15:00〜21:00 (最終入店は閉店の1時間前)
●飲食店のためワンドリンク以上の注文が必要です。ノンアルコールカクテル、ソフトドリンクあり。注文がワンドリンクのみの方は、混雑状況にかかわらず店内滞在時間40分を目安にお願いします。