およそ「姉」などというポジションなんて損でしかない。何かといえば親に頼られきょうだいに頼られ、そうやって大きくなるものだから嫌でもしっかりしてしまう。「しっかりしてるわね」と周りの人に褒められたらいい気分になるから、ますますしっかりしようと思う。こうしてしっかりだけはしているけど、じゃあ他に何があるの? みたいな人間ができあがる。そこに女の子バイアスもかかるため、この人に任せておけばいいんじゃん? みたいなキャラクターに落ち着く。……って、それはまんま自分な訳なんだけど、なんかずっと人生損してきている気がしてならない。
相当前の話だけど、私の実の弟が結婚することになって「この人がお嫁さんだよ」と連れてきた人を見て、ああやっぱり、私って損な役回りなんだなあと思うことになった。弟のお嫁さん、イコール義理の妹になる人はとても天真爛漫で可愛いらしくて、髪の毛もポニーテールみたいなお団子にしていて頭もちゃんとちっちゃくて、そんな子がニコニコっと笑えばたぶん世の中の人は全員言うことを聞いてしまうんじゃないだろうかというくらいの可愛い人だった。女の子って本来そういうふうに生きる生き物なんじゃないの? という見本みたいに可愛くキュートだった。
なんでこんな可愛い人が、よりによって紆余曲折だらけの半生を送ってきた、ある意味困ったちゃんだよねと家族の誰もが思っていたうちの弟と結婚しようなどと思ったんだろうか? 今からでも遅くないからよく考えなよとは言わなかったけど、曲がり角だらけのプロフィールしかなかった弟と一緒になるなんて相当な勇気が要ったであろうに。でもその彼女を見ていると、誰もが可愛がりたくなるような雰囲気があって、それは私がひとつも持ち合わせていないものだった。世の中には、こういうふうに生きてきた人がいたんだな。
ニコニコと笑う彼女を見ていると、なんとなくだけど、私ももっとはじけて生きればよかったなーとか、もっと甘ったれてワガママに生きてもよかったんじゃないかとか、余計な気持ちが少し出てくる。もっともそれを思ったところで、自分はそんなキャラじゃないんだからできっこないのに。
とにかく、あの弟が結婚するんだからおめでたいし、仲良くやってくださいという感じで、それからの時は過ぎて行った。私とて所帯を持った身だから実家のあれこれにいちいち口を出す趣味はない。小姑になったところでウザがられて嫌われるしかないし、第一みっともない。それに私だって思いっきり忙しいから、人の家のことなんて構っている暇はなかった。
気がつけばうちも弟たちも子どもが成人していい歳になっていた。お互いに子どもたちが学校を卒業して就職して、という時期にまでなっていた。私は私で勤め人のかたわらにライターをやって、プラスカメラ修行もするようになっていた。モデルさんも撮影するけど、自分が知っている誰かを撮ってみてもいいかなと思っていた。誰かモデルやってくれる人いないかなあ。その時である。弟のお嫁ちゃんのことを思い出した。あの可愛らしいお嫁ちゃんは、可愛いまま歳を重ねていた。そういえば結婚したばかりの頃に、彼女は雑誌の読モをやっていたじゃないか。確か夏の特集号で浴衣みたいなのを着てなかったっけ? お願いしてみたらどうだろうか。早速にLINEで聞いてみる。
「よかったら撮影させてもらえると嬉しいんだけどどうですか?」
「え、私でいいんですか? 私でよかったらOKですよ」
思いのほかあっさりとOKをもらえた。撮影場所は実家の近くと決めていた。あまり動かなくてもいいようにしたかったし、自分も慣れているところの方が撮りやすい。
「どっちがいいですか?」
撮影当日、彼女はなんと数種類の衣装を持ってきてくれた。素晴らしい。ちゃんとワンピースっぽく、おしゃれな感じである。どっちも素敵だったけど紺のワンピースにしてもらった。
「何足か持ってきたけどどれがいいですか?」
サンダルも、4足も持ってきてくれた。しかもどれもとてもスタイリッシュなものばかり。さすが、読モをやっていただけあってよくわかっておられる。「えーっと、それちょっと難しいな」ということが撮影当日に何にもないのは、撮る側からしたら本当にありがたい。
こうして撮影は始まった。最初は実家の屋上で、そして地上に降りて、昔よく通った懐かしい道のあちこちでシャッターを切った。ここは昔ものすごく汚かったけど今は綺麗に整備されたよねとか、ここの道で中学の時に痴漢が出たんだけどとか、ここをもう少し行ったところに昔スーパーがあってよくお使いに行かせられたとか、私は次々に出てくる懐かしい昔話をお嫁ちゃんにしていた。話しながら「こんな昔話ばかり聞いてもつまんないかなあ」などと思ったけど、懐かしい風景を見てしまうと今と昔とのギャップを感じずにはいられなくてついつい話してしまう。マシンガンのように喋りながら撮っている私の話を、お嫁ちゃんはニコニコと聞いてくれていた。
それにしてもさすがだわと思うのは、決めのポーズとか表情を彼女はちゃんと熟知していることだった。今はそんなにモデルをすることはないと言っていたけど、モデルの勘のようなものが身についているからこちらもとてもやりやすい。そんなに蒸し暑くもなかったので、電車の駅を2往復くらいしただろうか。2人で歩きながらたくさん撮影した。
考えてみたら彼女とこんなに長いこと2人きりで一緒にいたこともなかったように思う。もしなんともなく、単に一緒にいたら、余計なことは言わずに当たり障りのない話しかしないのだろう。それくらい、浮世の義理で一緒になった関係は難しい。ところが撮影というクッションがあったおかげで、手探りながらもなんとなくリラックスした空気は作り出せたように思う。
写真を現像してできあがってきたものをみると、決め顔をしているものや、屈託のない表情をしているものもあるけど、驚いたことにとても威厳のある雰囲気を醸し出している写真もあった。あの可愛らしかった人が、いつのまにこんなに落ち着いた雰囲気を持つようになったのだろうか。それは、彼女が弟のところに嫁いで3人の子を育ててきた年月で培われたものなのだろう。人生の年輪ともいうべきものを、ちゃんとその表情の中に映し出していたのだった。必死に妻や母を務めようと頑張ってきたのだろう。そんな威厳のようなものを感じたのだった。
「楽しかったです」
撮影が終わって、彼女はそう感想を送ってくれた。私も楽しかったし、何よりもいい写真が撮れたと思う。私には弟しか実のきょうだいはいないけど、もし妹がいたならどんな感じなんだろうと思う。そしてこの日は、ちゃんと妹と呼べる存在ができたんじゃないだろうかとも思っている。彼女にも、もし私のことを前よりは少しだけ近しく思ってもらえるのなら、とても嬉しい。