優しさなんて勝手に育ってる

まもなく家の近所に、とあるスーパーがオープンする。でも個人的にそのスーパーがどうにも好きになれない。
それには理由がちゃんとあって、昔、そのスーパーの別の支店で長男が学生時代にアルバイトをしていたときに、散々な目に遭わされていたからだ。

あまり気が利くとは言えない子だから絶対にスーパーのバイトなんて向いてないのに、悪いこと言わないからやめとけば? と思っていたけど果たしてそうだった。

早番は朝6時に出勤しないといけない、それには始発の電車に乗らないといけない。それなのに寝坊して遅刻している。寝坊する方が絶対に悪いんだけど、そのことでマネージャーに不興を買った彼は、その後ことごとくダメ出しをされていたらしい。

ある時はみかんが入った段ボール箱を注意不足で水に浸けてしまって箱ごとダメにしてしまった。その分給料から引くぞゴルァ! と店長に凄まれたと言っていた。本当に給料から弁償させられたかどうかまでは確認してないし、みかん1箱をダメにした人が悪いんだから文句も言えない。

程なく彼はそのバイトを辞め、その後は大学院で研究室に通う日々から就活をして内定を無事に取り、遠く離れた土地に配属になった。一体何年そこで働かされるのかはわからないけど、自分で選んで納得して入社したんだから全ての責任は己にある。時折長い休みの時には帰省するけど、たった1人で遠い土地でよく我慢しているなとは思う。

それにしても、スーパーバイト時代に長男の話を聞いているとパワハラだらけしかなくて、そのスーパーが今度近くにできるなんて、そんなところ死んでも買いに行ってなんてやるもんか、ビタ一文たりとも落とすもんかと思っていた。念の為確認しようとLINEをする。

「きみが働いてたスーパーって、◯◯◯◯だっけ?」
「そうだよ、なんで?」
「今度近くにオープンするんだけど」
「そうなんだ」
「あんまり◯◯◯◯じゃ買いたくないんだよね、他にもいっぱいスーパーあるじゃん?」

その次の返信に驚いた。

「商品は安いかもしれないけど、体育会系のパワハラ体質だからバイトには優しくしてあげて」

え?

バイトには優しくしてあげて、って。そんなこと言うの?
結構酷い目にあっていたにも関わらず? あんたそれでいいの?

「あんなところ行かなくていいよ!」とかなんとか言って、「そうだそうだあたしもそう思う!」「だよねー」とか2人で同調するんだとばかり思っていたからちょっと拍子抜けした。

優しいんだよね、この子は。昔から。
あんまり普段は出さないけど、いろいろ考えていて優しさゆえに損していることもたくさんあると思う。でもこの人は根本的には優しいんだ。

冷たいのは、底意地が悪いのは、私の方だ。長く生きているといろんなことに遭遇する。そのことで「人に優しくなんてしてやるもんか」「親切にした方がバカを見るんなら金輪際親切にしない」と思うこともたくさんあった。ましてや大事な息子に意地悪したスーパーになんて絶対買い物に行かない! って思っていたのに、そんなこと言うなよ。頼むから言ってくれるなよ……。

「開店セールは安いから悪くはないと思うよ。品質は他のスーパーと変わらないし」

ああ、また、心を揺さぶられるような返事が来ている。そりゃ、品物なんてどこで買ったっておんなじだよ? でも決していい思いしてないのに「たぶん安いからそこに買いに行けば?」だなんて、私なら言わないよ。この子は宿敵を支えてるんじゃなくて、そこに働く人を支持してるんだよね。お客さんに文句を言われた自分と同じ思いをしないように。

私は大した子育てはしてこなかったし、むしろ失敗に近いと思っているけど、子どもが自分と同じような人のことを思いやれる人に育ったことだけは間違いではなかったかもしれないと時々感じることがある。それは何事かを成し遂げるとか、目立って何かをするとかではない。ただ一言でいい、それでわかることがあるのだ。

知らないうちに、人なんて、勝手に成長しているものなのかもしれない。気がつかないのは、見えてないのは、親だけだ。

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